石切場(9)

母のまわりの小さな世界にもいろいろな人がいた。
親戚筋には若くして精神を病んだものもいる。まわりからは神経さんと呼ばれていた。
しかしまともな人間のほうが恐ろしいものだ。親戚うちには小さな兄弟たちにあらぬことを吹聴して祖母との仲を裂こうとする輩もいた。祖父はこれらのいわゆる本家筋の人たちが生活で困っていると、わからぬように援助をしていたが、そんな讒言には一切耳を貸さなかったようである。
病人といえば、肺病を患い島に帰っている若い人がいた。母親と2人で住んでいて病後の養生を続けていた。
母はけっこうその人にかわいがられていたらしく家まで遊びにいっていた。部屋にはいると三方が本棚である。それは天井いっぱいまであり、ぎっしりと書籍がつまっていた。
母に本を読むようにすすめ、子どもにも読めるような世界文学を貸してくれた。一冊一冊、石灰で消毒して日光にあててから渡してくれた。
母は本のタイトルや内容はほとんど覚えてはいない。だが少し大きくなって本を手に取ってみると、かすかに読んだ記憶がよみがえってきた。レ・ミゼラブルもそのうちの一冊だ。