miscellanies

[Thomas Paine]
名著誕生3 トマス・ペインの『人間の権利』 トマス・ペイン―国際派革命知識人の生涯
昨年は トマス・ペインに 関する 2冊の 本が 翻訳された。
そのうちの 1冊、クリストファ・ヒッキンスの 著した 『トマス・ペインの「人間の権利」』は、彼が 生きた 時代に 焦点を 定めた すぐれた 啓蒙の 書だ。
ただし、それも 時代を 下り、現代に 近づくほど、ヒッキンス自身の もつ 政治意識によって 歪められていく。
その マルクスへの 誤った 見解 -- キリスト教に 対する -- は 広く ヨーロッパ および U.S.A. で 流通しているもので あるし、例えば、ペインと エルネスト・ゲバラとを 比較している 箇所を 読むと、ヒッキンスは 彼の 国連演説にすら 目を 通していないことが わかる。
そして 最大の 問題点は、ペインの 思想を 理神論の ワクでのみ 解釈している ことだろう。 彼は 教会に 反対したが、無神論にも 反対だった、と。 このことは マーク・フィルプの 書 『トマス・ペイン』に おいても 共通する 認識だ。
だが、2つの 大きな 革命を 通過した ペインの 思想が はたして 理神論の ままで あるだろうか? フランス革命を 準備したと いわれる ルソーや ディドロの 思想が 理神論と どう 繋がるというのか?
当時、英国では すでに 欽定版聖書が その 印刷技術の 発達により 国内に 流布していたと 考えられる。 『人間の権利』の 読者である 労働者たちは この すぐれた 英訳の 聖書を 参照することが 可能だった。
ペインは すでに 抑圧者たちの 下僕であり その 髪飾りに すぎなかった キリスト教に なんらの 価値も 認めなかったが、彼が そこには 真理が 隠されていると 考えた 聖書自体は 読み継がれるべきだとし、抑圧された 人々が 近い 将来 この世界の 主人公として 登場し、そして 彼ら自身で 自らの 考えを 打ち立てることの できるまで、過去から 引き継ぐべき みずみずしい 思想の 源泉と 考えたと みなしたほうが 自然だと 思えるのだが。
当然、こうした 考え方は 思想史家と 呼ばれる 人たちからは 一笑に ふされるだろう。
だが、この 2人の 著者たちの 見解は、例えば 戦前に 著された ピュアリの 『思想の自由の歴史』の なかの ペインへの 評価と 比較しても -- 彼らの その 豊かな 学識にも かかわらず -- まちがいなく 後退していると 思われる。
(追記) ヒッキンスの ゲバラに 対する 評価については、こちらの page を 参照 (彼は やはり Ernest Guevara の 著作を まともに 読んでは いない ...) ↓
http://d.hatena.ne.jp/sekiyo/20071125#p1