miscellanies
[Guerra Civil Espanola]
1939年、スペイン人民政府 敗北以後の フランコ体制に 関する 情報は 比較的 乏しいが、『回想のスメドレー』の なかに 次の 記述を 見つけた。 著者の 石垣綾子は ジャック・白井の 足跡を 尋ね 1965年と 1967年の 2回 スペインを 訪れている。
ハイウェイを 自動車で 飛ばしてゆくと、官憲が 50 メーターおきに 配置されていて、監視の 目を 光らせていた。 フランコ将軍の 外出に つきものの 警備であった。
これは 特高警察の 一種で グラディアと 呼ばれ、黒びかりする 長い マントに ナポレオン時代の あご紐を かけた 黒い 制帽を かぶり、マントの 内側には 必ず 機関銃を 肩から さげている。
怪しい者と みれば 自由勝手に 逮捕し、連行する 途中、先に 歩かせて 背後から 機関銃を 撃ちこみ、逃亡を 口実に 射殺するのである。
彼らの 手先である 密告者は、酒場の バーテンダー、各家庭の 状況を 知る 医師、一部の タクシードライバーである。
彼らは 政府から 特別の 手当と 保護を 受け、接する 客の 会話に 耳を 傾け 怪しいと にらんだ者を グラディアに 通報する 組織に なっている。
こうした 圧政が -- 少なくとも 1975年の フランコの 死までは -- 続いていたのか!
同書には また マドリード郊外に ある サンタ・クルス・デル・バリェ・デ・ロス・カイードス*1 の 記述が ある。
独裁者 フランコは、生きながらの 自分を 神と まつる サンタクルス・デル・ヴィゼ・ロスという 豪壮な 神殿を たてた。 それは 岩石の 山を くりぬいて 内戦当時の フランコ側の 戦没者をも まつり、岩石の そびえる 頂に 十字架を たてて 威容を ほこっている。
その 願いどおり フランコは 今も そこに 神と なって 眠っている ...
http://www.greycat.org/papers/valle.html
*1:Monument Nacional de Santa Cruz del Valle de los Caidos