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[Ernest Che Guevara]
その 死から 40年 (続き)

初めての 目覚め

この旅は 彼が 生きた この世界の 現実への 眼を ゆっくりと 開かせる 長い 旅立ち -- odyssey -- の 始まりだった。 この 彼の 人生の 最初の 時代に この大陸の 貧しく 圧迫された 民衆と 彼とは 直接に 繋がっていった。 彼は 大多数の 人々が そこに 暮らしている 恐ろしい 境遇を 間近に 目撃した。 このような ひどい 貧困が この すばらしい 大陸の すべてが 美しく 豊かな 自然の ただ中に 存在するなどとは -- それは 彼の 若い 精神に 深い 印象を きざんだ。

これらの 矛盾は 彼の 情熱的で 鋭敏な 気性を 動かし、彼を その原因 (の 探求へと) おもむかせた。 Che は いつでも 熱心で 探求する 精神を もっていた。 彼の 医学の 研究で 見られた 同じ 知的な 情熱が 社会の 研究へと 向けられた。 こうした 旅のあいだに もった その経験と 観察は 彼の 意識のうちに 消えることのない 印象を 残した。

彼の 個人的な 昇進への 以前の 大望は すべてが、突然、小さく 興味の もてないものに 見えた。 医師は 結局、個々の 病人を 治すことが できる。 だが 貧困、文盲、ホームレス そして 圧政という 恐ろしい 病気を 誰が 治せるだろうか? 人は 1錠の アスピリンでは ガンは 治せないし、鎮静剤や 応急処置では 社会の 根元的な 病いを 治すことは できない。

ゆっくりと この若者の 精神の 内に 革命的な 考えが 成熟し 発達していった。 彼は すぐに マルクス主義者に なったのでは ない。 彼は 長い間 熱心に 考え 広く 読書を した -- その習慣から 彼の 人生の 終わりまで 彼が 解放されることは なかった。 彼は マルクス主義を 研究しはじめた、徐々に ほんの 少しずつ。 だが ハガネのような 必然性をもって 彼は この民衆の 問題は 革命という 意味でのみ 治すことが できると 確信するように なった。

グァテマラ

彼の 意識的な マルクス主義への 転向は、彼が グァテマラに 行き、そこで Jacobo Arbenz Guzman 大統領により 実施されていた 改革について 知ったことが 決定的な 刺戟となり 得られた。 1953年 12月 Che は Guzman 率いる 改良主義政権下の グァテマラに 着き、そして そこでは 農地改革の 遂行と latifundia 制度の 倒壊とが 企てられていた。