「科学者の社会的責任」について (3)

ここでは 武谷三男『科学者の社会的責任〜核兵器に関して』(1982年) から バートランド・ラッセルについて 見ていきます。

バートランド・ラッセル「人類の将来」(1950年) から

「私は、力が、あるいは力の脅威が、必要だと確信する。私は力の脅威だけで十分でありうることを希望するが、もし十分でないなら、実際の力 (原爆による攻撃) がもちいられるべきである」(ラッセル)

「私がアメリカ側につく理由は、アメリカではロシアでよりも、文明世界において私が価値ありとするものに対してより尊敬がはらわれているということなのだ」(ラッセル)

「もちろん経済的不平等はいたるところに存在する。しかし民主主義体制 (先進資本主義のもとでの) のなかではそれは減少する傾向にあるのに (社会主義による) 独裁制のもとではそれは増大する傾向にある」(ラッセル)

それからもう一つ、例のバートランド・ラッセルの 1950年の、ソ連を抹殺しようという ...。あれも奇妙なもので、あれはあれで、ソ連に自由がないからいまのうちにつぶしちゃえという思想ですね。(武谷三男)

これは自由よりも死を、なんていうんじゃなくて、要するにソ連が原爆で強くなる前に、こっちが (資本主義体制が) 優勢のあいだに原爆でつぶしちゃえという予防戦争、ほんとうに戦争でつぶすか、または恫喝して、ああいう体制をやめさせろ、それはソ連に自由がないからだ、そういう話ですね。(武谷三男)

結局このラッセルが、55年にラッセル・アインシュタイン声明というのを出す、それは水爆ができたからです。ビキニ水爆のショックですよ。(武谷三男)

人類の滅亡という可能性が目睫 (もくしょう) に迫って現実性を帯びてきたということです。そこで (ラッセルも) そういう考えになってきたということでしょうね。(武谷三男)